【紙の力:紙のプロからの提案】山櫻 エシカルな時代だから生きる紙の魅力 紙の力を知る印刷業界こそが出来ること
名刺・封筒で知られる株式会社山櫻は、名刺や封筒などを扱う紙製品事業の他に、名刺受発注の仕組みを提供するWebサービス事業、プリンター事業、フルフィルメント事業、セカンドブランド事業など幅広く展開している。特に現在は、「バナナペーパー」や「タンザニアコットンペーパー」などエシカルな素材も提供。SDGsへの意識が高まる社会ニーズに応じながら、“出逢ふをカタチにする会社”としてのあり方を模索している。紙市場が縮小する時代であることを意識して、改めて紙の価値を再定義し、提案することが必要だという代表取締役社長の市瀬豊和氏に話を伺った。
株式会社山櫻 代表取締役社長 市瀬豊和氏
SDGsへの認識の高まりが市場を変える
現在、社会一般におけるSDGsへの理解が深まっている。その一方で、コストアップしがちなSDGsに対応した商品への切り替えは、コストを重視しがちな日本において進んでいないのも実態である。こうした風潮を一新するためには教育が重要だと語る市瀬社長。その意味において、「SDGs」あるいは「エシカル」という言葉が教科書に掲載されている今の子供たちが大人になった10年後、20年後は、「多少の価格差ならばSDGs商品が選ばれる時代になっていると信じています」と期待を寄せている。
山櫻は、いち早く環境への配慮やエシカル消費など、SDGsに繋がる活動に取り組んできた。「バナナペーパー」(正式名:「ワンプラネット・ペーパーR)の販売を始めたのも2011年にまで遡る。取組み当初は売上ゼロからのスタートだが、約12年が経過した現在、売上規模は200倍にまで拡大。バナナペーパーに対して後ろ向きだった社員さえも本気で取り組むようにさせるほど、問い合わせや引き合いが増えている商品の一つとなった。消費者やエンドユーザーの意識が変わってきている今、“エシカル”や“SDGs”に関連した商材づくりに取組むことで業績を上げていこうという意識にシフトすることが、持続可能な企業になれるか、なれないのかの分かれ道になると考えている。
紙の使い方が変わる
コロナ禍で行動が制限され、テレワークやオンライン活用が浸透し、ビジネスのスタイルが大きく変化した。それに伴い、これまで当たり前に活用されてきたビジネス文書に関する紙の活用方法が大きく変わっている。それはコロナ禍が明けても元に戻ることはなく、便利なデジタルツールとのハイブリッドな状態へと移りつつある。
特にビジネスツールとして定番の「封筒」「名刺」については、大きく変化が現れているという。「封筒」の市場については、約10年前から市場は半分になると思ってきたという市瀬社長。SDGs達成度ランキングで常にトップを争っているスウェーデンへの視察で、業務で使われるインボイス用の封筒がほとんどなくなり、残っているのはDMや物を運ぶ封筒だった状況を見て、日本の封筒の市場も同じようになると覚悟したという。しかし、その反面、封筒としての役割も残ると語る。「ゼロにはならないと思います。市場が縮小するという前提の中で、どのような経営を目指すかを考える必要があると感じています」と語る。
日本でも封筒は、インボイス制度の導入の影響が現れている。請求書がデジタル化され、減らざるを得ない状況にある。山櫻の社内においても、業務の合理化に向けて紙の給与明細をなくすなどペーパーレス化を進めている。こうした企業の持続可能性という意味において求められている動きでもある。その一方、ECサイトの活性化や利用顧客の増加により「物を運ぶニーズ」は拡大し、配送で使う段ボール箱や封筒は利用される。リアルに訴えかける封書やハガキなどのDMの市場も堅調な市場になっている。これらはチャンスのある市場となっている。
「名刺」については、コロナ禍で市場が約3割減少したことはショックだったと振り返る。コロナ禍が明けた現在、市場が戻りつつあり、デジタル(デジタル名刺)と合わせた新しい市場が動き出している。
山櫻では、約15年前から名刺データを基にしたクラウド名刺発注管理サービス「corezo」を展開しており、その中でデジタル名刺(NAME ROOM)の提供を始めている。デジタル名刺は、名刺を1枚持参し、挨拶時には名刺を相手に見せて、印字している二次元コードから自分のプロフィールサイトを確認してもらう。連絡先や写真、趣味や特技など様々な情報を入れることができ、自分専用のホームページになる。これを見せることで会話も弾み、自分を売り込むツールとなる。社員同士の交流ツールとしても利用できる。
特にデジタル名刺は、高齢化社会においてメールアドレスを手入力しなくてよいというメリットもある。特に自己紹介が苦手な日本人にとって、自分を表現する名刺ともなる。なお同社では環境配慮を考えて紙の使用量を減らす目的でスクエア型の名刺もラインアップ。エシカルを意識した紙とデジタルを融合させた名刺にすることで、紙としての見た目と、デジタルから得られる豊富な情報で、コミュニケーションを活性化させ、ビジネスに繋げるツールとして注目できると市瀬社長は期待している。
紙の可能性を商品化する
封筒や名刺の価値は、コロナ禍を経験したことで、さらに変化を見せているともいう。SDGsやエシカルに対して意識の高い企業は、“お客様へ手渡す紙のツール”を作成するにあたり、SDGsの意識に沿った紙の素材を選択する企業が増えている。その代表的な素材に「バナナペーパー」や「タンザニアコットンペーパー」がある。
「バナナペーパー」は、アフリカのザンビアで生産されたオーガニックバナナの茎の繊維に、古紙または森林認証パルプを加えて作られたエシカルな紙。途上国の貧困問題と環境問題を解決したいという想いから誕生した。「タンザニアコットンペーパー」は、タンザニアのオーガニックコットン畑の落ち綿という、繊維素材としては使えない綿を、紙の原料に採用したもの。これまで捨てられてきたものが、お金になり、現地の雇用へと置き換わる活動となる。廃棄されてきたものが資源となり、製造の課程で貧困問題などに貢献するSDGs活動を体現する素材として注目されるようになってきている。
加えて山櫻は、紙の魅力を生かした文具ブランド「+lab」も立ちあげ、オリジナル商品の販売をECサイトを中心に行っている。こうした活動を背景に、最近では様々な企業から新しい材料の開発や相談が寄せられるようになっている。例えば、アルコールの「ホッピー」を製造する時に出る麦のカス、豆腐の製造で出るおから、花屋さんで大量に出るカットした茎や葉っぱなどを、新しい紙の原料として採用し、新しい用紙として誕生させている。
「紙」という素材は、かつて森林を伐採するから環境に悪いと言われていたが、今や人類にも環境にも優しい素材だと認められるようになった。紙に対する社会認識の変化もあり、紙製ハンガー「エシカルハンガー」や段ボール素材のボックス「エシカルボックス」など新しい紙製のグッズづくりも行われている。「エシカルハンガー」は、100%紙製のハンガーで、1枚のボード上の厚紙からハンガーを型抜きできる状態でも提供しているので、プロモーションツールとしても人気のある商材。「エシカルボックス」は積み重ねることで机やテーブルになり、箱の蓋を開ければ物入にもなる。扱いやすく、様々な絵柄のデザインもできる機能性の高い商品となっている。
その他にも、フェアトレードのお花・アフリカローズの花束を紙でパッケージした「アフリカローズの祝いバラ」は、アフリカローズを1輪ずつ紙に包み、一つの紙製ボックスにまとめたもの。1本ずつ気軽に持ち帰れるので喜びを多くの人と共有でき、残った箱は捨てやすいことから負担にならない優れた贈答品となっている。
強度の高い段ボール(リボード)製の紙資源回収箱は、回収されたパッケージの紙などを紙に戻し、手提げやパッケージに再生する循環型の提案も注目の取組みである。お客様が回収ボックスに入れるためにお店に戻るだけでなく、プレゼントされた人の来店のきっかけづくりになるという知恵が詰まっており、紙製のボックスが利用者の手によって循環するリサイクルの基点になる好事例となっている。
一方、山櫻の中でもSDGsに向けた活動を活発化させている。現在、同社で扱っている封筒、名刺、ハガキ・カードなどの既製品在庫約3,300種類の素材をSDGsやエシカルに貢献する素材に変える取組みがスタートしている。変更できない分は八王子の森工場をグリーン電力に切り替えるなどして対応することで、事業全体の約77%のエシカル化の達成が可能になるという。
紙は人にも環境にも優しい素材
紙が人にも環境にも優しいと再認識されている今、紙に関わる印刷業界こそ、「紙」の良さを伝えていく必要があると提言している。合理的でコストも抑えられるデジタル技術は様々なところへ導入されているからこそ、デジタルに置き換えられない物や使い方があることを伝え、デジタルと紙を最適に使い分ける方法を提案するべきであるとも語る。またそれこそが、紙に関わる人の知恵がなければできない部分であり、提案時にはコストではなく、紙のストーリーを説明し、説得することで売れるものをつくっていく必要がある。
紙の魅力を伝え、紙の新しい可能性をビジネスに展開していくためにも、印刷産業が紙の価値や、現在あるものを紙に替えていく必要性を理解し、伝え、説得する力が必要である。現在は、「バナナペーパー」の採用も、「バナナペーパー」の存在自体を知ったユーザーが印刷会社に問い合わせて、そこから商品化されるという流れが大半だからである。
ビジネスは、商品を購入するエンドユーザーや消費者を考えなければ成り立たない。印刷クライアントも、他社との差別化や消費者から選ばれる企業になるためにエシカルやSDGsを選択する時代となった。印刷クライアントの意識が変わりつつあることを認識し、印刷産業として何が提供できるのかが問われている。
そして、SDGsの提案の始まりは完璧なものでなくてもよい。例えば、持ち手がプラスチック製の手提げ袋を環境によい袋にするだけでも提案になる。「前と同じもの」を製造するほうが発注する側も、受注する側も簡単ではあるが、そこに進歩はない。クライアント企業に提案し、採用されなくても、提案できる会社として認識され、印刷クライアントとの関係性が進歩する。さらに採用されれば、印刷クライアントとエンドユーザーに対して、社会貢献の一端を担っているという価値を提供することに繋がる。
印刷産業は、社会的に印刷物がどのように使われ、どのように廃棄され、どのように循環するのかを考えていく必要がある。紙が人類にとって平和な素材であることを伝えていく必要がある。印刷産業の得意とする「紙」の価値を伝え、時代に適した付加価値を提案していくことで、価値のあるものを売る産業へシフトすることができる。
「これからも社会に必要とされる新しい紙の価値を提案し続けていきたい」と市瀬社長は語っている。
株式会社山櫻
本社:東京都中央区新富2-4-7
URL:https://www.yamazakura.co.jp/
【セカンドブランド】
+lab(プラスラボ)
URL:https://www.yamazakura.co.jp/lab
rik skog(リーク スクーグ)
URL:https://www.yamazakura.co.jp/rikskog
【月刊プリテックステージ】
2024年1月号から