笹尾印刷所 漆喰和紙「銀雪」を使った新規市場への参入で勝ち抜く
「素材の特長と意匠性×デジタル印刷の強み」で挑戦
抗菌・抗ウイルスグッズが手放せない状況の中、コロナ禍のニーズに対応できるメディア素材として、いち早く注目を集めたのが機能性漆喰和紙「銀雪」である。もともとは越前和紙を基紙に漆喰を原料とする柔軟性のある塗料(関西ペイント開発)を塗布した素材で、壁紙としての活用を目的として誕生。和紙と漆喰という自然材料から作られた環境に優しい要素と、漆喰の機能である消臭性やホルムアルデヒドを吸着・無害化する機能から、シックハウス対策製品としても期待されていたが、コロナ禍を迎え、その抗ウイルス性がこれまでになく重要な意味を持つこととなり、日本国内だけでなく海外からも注目が集まる素材となった。この「銀雪」の印刷の素材としての活用を積極的に提案してきたのが、有限会社笹尾印刷所の笹尾昌樹取締役である。「銀雪」の特長を活かすことで、“印刷”という業界を超え、他業界で勝負できるメディアづくりについて伺った。
新たなチャレンジから始まった
笹尾印刷所の笹尾氏が、地元・福井の和紙技術を使った自然素材である「銀雪」を富士フイルムビジネスイノベーション(以下、富士フイルムBI)の担当者に紹介したのは、2018年夏に金沢で開催されたセミナーイベントでのことだった。興味を持った富士フイルムBIとの間で、早々に「銀雪」の付加価値を検討する取り組みが始まった。
印刷業界においては、市場がシュリンクしていくなかで、付加価値を価格に転嫁できていないこと、他産業やスマホなどの新しいメディアに市場が横取りされていると感じていた笹尾社長は、いかに戦うべきかという回答の一つとして「銀雪」の壁紙以外の活用として、印刷の素材としての新たな展開の可能性を見出したのだった。しかし、「銀雪」は壁紙として開発された紙であるため印刷メディア用途としては高額で、なかなか具体的な事案に繋がらなかった。そうした中、2019年10月に中国のテレビ番組で「銀雪」が紹介されたことで注目を集め、そこから本格的に中国向けのビジネスを展開しようとしていたタイミングで新型コロナウイルスが蔓延し、中国への進出は中断する事態となった。
そこで2020年春、笹尾氏再び富士フイルムBIに銀雪のビジネスについて相談を持ち掛けた。「銀雪」へのプリントテストやグッズ製作、デジタル印刷での追い刷りは可能かなど、技術担当者を巻き込んだ協力体制のもと、様々な検証が行われた。「一つの素材がどのように使えるかまで考えたモノづくりをしていくためにも、利益構造も考える必要があり、そのための情報がスピーディーに提供されることも必要です。そうした事も含め、富士フイルムBIさんと一緒に考える機会を得たことに感謝しています」と語っている。
「銀雪」で新規参入し、戦う
「銀雪」を使った主力商品は「マスクケース」である。「銀雪」素材のマスクケースは、累計で約20万個製造され、中でも2021年の東京国立博物館特別展「国宝 鳥獣戯画のすべて」の会場で販売された「鳥獣戯画マスクケース」にも「銀雪」は使用され、何度もリピートオーダーが発生する人気商材となった。
「銀雪」を採用した製品の特徴の一つに、高単価の商材になることが挙げられる。鳥獣戯画マスクケースは、会場では1枚660円で販売されたほか、他社製品では1枚1,000円で販売されているものもある。「“良い値段”で販売されることがポイントです。“紙に付加価値をつける”ことで、“価格への転嫁”という印刷業界の課題に対応できます」。さらに、「銀雪」は抗菌・抗ウイルスという効果が得られることから、従来の紙メディアとは異なる扱いになり、“商品が置かれる棚”が変わると言う。「つまり医療関連品や建材市場など、他産業へ参入できる商材になります。そこにオンデマンド印刷を結びつけることで、小ロット・多品種の製品ができ、他の産業に新規参入しても戦える商材になるのです」と力強く語る。
笹尾印刷所では、「銀雪」の製造で、プロダクションプリンターVersant 80 Pressを活用している。「銀雪」を採用するにあたり、オリジナルグッズをつくりたいなどノベルティの要素は高まるが、オフセット印刷の場合は予備紙や不良紙が発生して無駄が生じるほか、版も必要になり小ロットではコスト高になる。しかし、デジタル印刷機であれば、余分な紙も不要で在庫レスを実現し、オンデマンドでバリアブルにも対応できる。コスト削減、環境への配慮、付加価値の創出が実現する。
さらに、「銀雪」は防火認定も取得したことから、もともとの用途であった壁紙としての提案も今後あらためて強化したいと考えている。特に、壁紙素材の市場は99%が石油化学製品で占められているため、“脱プラ”素材としても期待がもてるのだという。
もう一つ同社が考えているのが、ご当地SDGsへの取り組みである。ご当地の廃棄素材を資源にして和紙に漉き込む取り組みで、「そばがら」「芝」「バガス(さとうきびの絞りかす)」「ラベンダー」「バナナの茎・葉」「ホタテの貝殻」などを活用した新素材和紙が続々と誕生している。廃棄されてきたものを越前和紙の技術で再生させることは、SDGsに合致しており、原材料に地域の素材を採用することで、商品にストーリー性がつき、地域行政や企業にも受け入れられやすい。
ものづくりの“SDGs”目指す
現在、作成している商材の一つに、スタジアムなどの芝を漉き込んだご当地紙×MONO BOOK《Foot Ball》等の取り組みがある。そのフィールドで活躍した選手の引退試合、優勝記念などの後に刈り取った芝を素材に採用し、グッズを作ることで、ファンにとって唯一無二の貴重な商材になる。こうした取り組みについて、「通常、印刷メディアは2次元のメディアです。しかし、引退や優勝などのストーリー性を漉きこむことで、時間軸という新たな次元を加えることができます。空気をクリーンにする銀雪も、空間という次元(3次元)に寄与した素材です。つまり2次元を超えた、五感に訴えるグッズづくりができます」
「コロナ禍で強要されているマスク生活や自粛、パーテーションなどは、美しくも楽しくもない“規制”です。これらはコロナが終息すれば撤去や廃棄される、将来的にはマイナスな面が発生する対策。しかし、日本のものづくりを考えた時、単なる対策ではなく、印刷の力を用いることで、見て楽しんでもらえる、次に繋がるポジティブなものができるのではないかと取り組んでいます」と語る。同社における『SDGs』とは、「持続可能(Sustainable)な素材を開発(Development)し、今までなかったより良い(Good)商品(Goods)を作り、その実績を積み重ねていくことで社会貢献し、Goolsを目指していくこと」であり、それが笹尾印刷所の目指すものづくりのSDGsなのである。