イナミツ印刷 見える化に取り組み、原価管理の意識を浸透

イナミツ印刷 見える化に取り組み、原価管理の意識を浸透

印刷業者向け採算管理システム「aGaru SYSTEM」

 東京都品川区の株式会社イナミツ印刷では、原価管理の考え方を全社に浸透させ、現状のデータを共有して管理できるツールとして、独自で採算管理システム「aGaru SYSTEM」を開発し、運用している。業務をこなすことで蓄積される情報(データ)をビジネス活動に活かし、企業を向上させるためのツールとして、“しっかり使う”ことが大切だと語る同社社長の稲満信祐氏に話を伺った。

 “人”に注目した原価管理を始める イナミツ印刷で活用している採算管理システム「aGaru SYSTEM」は、リリースしてから約2年半が経過している。1つ1つの仕事の原価を明確にするために、“人”の原価にスポットを当てたシステム。中小製造業に適しており、社内に原価管理の考え方を定着・浸透させることで、システムで得られたデータから無駄を排除したり、ミスが多発するところを改善していくなど企業の改善にいかに活用していくのかがポイントになるという。

 稲満社長は、「一つ一つの仕事の原価についての考え方を社内に浸透させることがまず大事だと思います」と語っている。印刷会社には、印刷のための設備があり、そこで働く人がいる。しかし、その人の、その仕事が、どれくらいの原価で回っているのかを把握していなければ、正確な印刷価格をはじき出すことは出来ない。

稲満信祐社長

 「これまでの大半の印刷会社は、正しい印刷料金を提示することなく、相場感で動いていたのではないでしょうか。そして、税理士任せの原価管理のままでは、当月の仕事の試算表が出てくることが2ヶ月先になってしまうこともあると思います。すると、赤字が出てても、知るのは2か月後ということになり、2か月前の業務を思い出して対策を打つことは難しくなります。それは、2か月間手当をするのが遅れ、赤字を垂れ流していたことになるのです。これは製造業として正しくないと思います」と指摘する。

 そこで同社が開発したのが、リアルタイムで採算を管理する「aGaruSYSTEM」である。開発にあたっては、1週間毎に決算し、仕事に数字を反映させることを考えたもの。1週間単位であれば、赤字の原因にも対応しやすく、それに対する改善策も立てやすくなる。

 システム構築前にはエクセルを利用して手入力で数字を入れて管理していたという。この時から、営業担当者が受注した後、現場に仕事が投入されてた段階から、最後の梱包までのスループットタイム(どれだけ時間がかかって工程を通ったか)を記録。具体的には、社内下版した時間を記入するなど、作業開始から終了までを1件毎にエクセルに記録し、原価計算していく。それにより、1人の人がどれくらい仕事をしたのかを追い、時間で原価を当てコストを出していった。

 それにより1つの案件で掛かる時間が明確になり、コストが明確になるため、売上額から原価を引くことで利益を割り出していく。「簡易的な原価計算の方法ですが、この考え方が大事だと思います」。

 週毎に損益を出すにあたっては、材料と現場作業時間外のコストも原価に反映させることを考えた。そのために「チャージ単価」と「管理倍数」という考え方で取り組んでいる。「チャージ単価」とは、現場オペレーターの分毎の平均賃金を算出したもの。「管理倍数」とは、全社の費用から現場オペレーターの賃金を割り出したもの。

 紙代や版代など数量ベースでかけあわせ変動費を出す「資材費」と、現場オペレーターの1分当たりの作業単価(チャージ単価)に、現場工数と、作業時間に管理倍数をプラスしたものを掛け併せていくと原価が出てくる。この方法で原価計算すると、案件毎の営業利益ベースでの原価が見えてくる、という方法だ。

 取り組み当初は若干のズレがあるかもしれないが、続けるごとに精度が上がっていき、現在では±5%ずつのズレ程度なので、「経営判断するには十分な数字です」としている。

中小企業向け「aGaru SYSTEM」

 完成するまでに紆余曲折あったという「aGaru SYSTEM」だが、その基本にあるのは、いかにムダを見える化し、改善していくかにある。「機械は遊ばせてもいいけれど、人は遊ばせてはいけないと思います」と同システムの真髄を語る。

 「aGaru SYSTEM」は、社内で収集された情報をもとに経営改善サイクルを回すことを目的に作られている。リアルタイムで作業の進捗管理ができ、専任の担当者も不要。作業完了時点で、営業利益ベースで赤字と黒字で色分けされて表示されるので、一目で利益が判断できる。

 作業の進捗についても、制作、刷版、印刷、製本と項目があり、誰がいつ担当しているかも確認可能。現場の人は、皆iPadを持ち、回ってきた作業指示書のバーコードを読み込み、社員コードを読み込ませて、作業に移る。前まで作業していた内容も、情報の引き継が行えるようになっているほか、1人が2つの作業を掛け持ちしていても、2台分入力できるようになっている。作業時には、iPad上で作業開始ボタンを押し、終了したら終了ボタンを押すことで作業時間が記録される。

 1人1人の作業を見える化させていくことで、例えば印刷の時間が長く掛かった時には、何が原因だったのかを現場の様子を記録している現場映像から振り返って検討。そこから課題が見つかれば、会社として改善策を打つことができる。「現場は、この仕組みを愚直に回していくだけです。その結果、獲得した作業のデータを活かして、次の改善活動の指標とし回していくことができます」。

 見える化のためのツールは沢山あるが、「目的がはっきりしていないとシステムとして使いこなせないと思います。中小企業の場合、まずは経営者が経営の改善すべきことをきちんと理解しなければいけません。そのためにも考え方が大事であり、原価をどのように見える化して、どのようにシステムを使うかを決めることが重要だと思います」。

改善のための「YWT活動」

 イナミツ印刷では、コロナ禍以前に比べて売上高は下がってはいるものの、生産性は落ちていないのは、同システムを活用し、そこから得られたデータを活用した改善活動「YWT(やったこと・わかったこと・つぎにやること)活動」の成果だと言う。

 「YWT活動」とは、昨年10月から取り組んでいる活動で、現場から上がってくる課題に対して取り組み、その結果を報告し、そこからさらに改善をかけていくという活動である。例えば、製造印刷工程の生産高の向上のために多台持ちで生産性を上げる、お客様の生産性を上げるにはどうするかなど、取り組みテーマは様々あり、1週間毎に報告と改善を繰り返していく。

 YWT活動の一番の成果として、ミスの減少を挙げている。コロナ禍以前、約1,000件の仕事のうち、多い月で15件程度、比率にして1.5%ほどミスが発生していた。それも最近は平均0.1%以下にまで減少し、ゼロの月もあるほどだ。

 YWT活動の効果については、感動するほどレベルの高い中間報告からもわかると稲満社長は語る。例えば、「売上工程が減っても利益が出せる最適配置について」という課題について、システム間を移動する時間を削減するという案が出て、歩数を減らすために各自に万歩計を持ってもらい、実際の歩数を計測。その結果から、生産設備のレイアウトを変更し、生産設備間の距離を狭くすることで生産効率が上がるのではないかと取り組んだ。このレイアウトの変更では、仕事が少ない時は内側で作業し、仕事が多い時は外側で作業できるようにという工夫もされており、変更した結果、実際に生産効率が向上するという結果が得られた。

 ミスを減少させるという課題に対しては、ミスが多く発生する部分に注目し、作業標準を改定していくことに取り組んだ。この時は、最終的には“指差し確認”が最も効果的だということになり、行動を徹底するために管理者が常に指摘し、繰り返すということを行った。その結果、ミスが減少。ミスが減少したことで個人のミスに対する意識も高まり、緊張感が生まれ精度が上がっていったのだという。

 こうしたYWT活動の基本になっているのも、実は作業を定量的に図り、数値化して見える化していくという活動が根付いたことにあると分析している。

 なお、簡単に業務効率化の実態を掴む方法として、「ワークサンプリング法」を試すことも勧めている。ワークサンプリング法は、作業を有価作業と非有価作業に分けて、時間ごとにカウントしていく方法。有価作業とは製品に付加価値を与える作業のことで、インク調整、給紙、ローラー圧の調整など製品をつくるために必要な作業。非有価作業とは、手待ち、運搬など直接製品をつくるのに関係ない作業を指す。

 作業をこのいずれかに分類し、3分毎、5分毎に、いずれの作業に該当するかをカウントしていくと、作業の割合が見えてくる。イナミツ印刷でも当初は、ワークサンプリング法で20回以上、計測した結果、平均して非有価作業が4割に上ったという。4割ということは、9時から5時まで働いても、約4~5時間は非有価作業をしているということになる。しかし、見える化に取り組み、作業を改善した結果、非有価作業がゼロになることもあるほど成果が出てきているという。

受注活動へ注力する

 「aGaru SYSTEM」を活用して現場の生産性を改善する一方、顧客企業をセグメント分けし、市場のトレンドを掴む必要もあると稲満社長は見ている。売上件数は増えても、利益率が落ちているということもあるからだ。顧客先を3か月くらいで区分し直してみると、アプローチの仕方を変えていくことが必要であることも見えてくる。そこから、PPM(プロダクトポートフォリオ)の考え方に基づき、「利益の高いお客様を掴んでいくべきだと思う」と明確だ。

 経営における“2:8の法則”でいえば、業績を維持していくためにも、主要顧客から利益の約8割を獲得する必要がある。そこで、どれくらいの比率で主要顧客から受注できているか1週間のサイクルで見ていくことができれば、対策も打ちやすい。8割に満たない顧客先があれば、改めて担当営業に話を聞き、理由が分からなければ顧客先へ訪問し、話を聞いてみるなどして、その背景にある理由を見極めていくことができる。

 こうした地道な活動を続けることで、主要顧客からの受注というメインの事業が大きく崩れることを防ぐことができれば、売上の激減を防止できる。

 コロナ禍になったことで受注動向について、“原因”を知ることが大切だと見ている。「コロナ禍だから」で片づけてしまえば、本当の理由が見えてこない。社会的な周辺環境が悪い中で顧客企業が善戦しているのか、それとも自社に不満があってコロナ禍を理由に発注を減らされているのかなど、理由を分析し、顧客先の状況を掴んでおくことが必要になっている。

 その状況によっては、社内で対策を立てていく。内容によっては「イナミツ印刷内での原価が下がっている分、価格の面で協力できる要素があるかもしれません」「印刷後加工分野の業務提携先を増やしていますから後加工まで安心して発注してください」など、支援を申し出ることもできる。こうした取り組みこそが、アナログ的要素を含んでいる部分であり、担当営業の腕を発揮できる部分でもある。

カンパニー制度導入で新体制

 社内の業務全体を定量的に評価していくことは、業務を改善し、改題を解決することに繋がるという稲満社長。「aGaru SYSTEM」の導入で実践してきたことで、データを基に経営判断ができ、「色々見えるようになっています」という。社員間にも原価管理の意識が根付いており、「受注した仕事の情報は共有できるので、気になる案件については皆が数字を見ています。赤字の案件などについては担当者が議題に挙げて、全体で対策を考えるようになっています」と効果を語っている。

 なお現在の一番の課題は、営業活動にあるとも言う。印刷業において、お客様の所へ行けば仕事がもらえた恵まれた時代からの脱皮が必要だからだ。「印刷業は受注産業といわれますが、受注産業=受け身ではありません。受注産業であっても、お客様の課題解決が第一であり、課題を提案することが求められています」と指摘する。

 今までは、たまたま印刷物を製作することで課題が解決できていた。それにより対価を得てきたが、現在は課題も、解決方法も変わっている。「お客様の課題を解決する企業であるためにも、お客様の0.5歩先に行って課題を拾い、それを提案して、一緒に取り組むという基本スタンスで仕事をしないと評価されない時代になっていると思います」。

 その意味もあり、同社では現在、新たな事業の柱を育てるべく、従来とは異なる事業の展開も始めている。その一つが人気上昇中の事業のマンガ動画事業である。

 イナミツ印刷では、今年10月に体制をかえ、カンパニー制を導入した。従来からの印刷事業を行う「印刷カンパニー」と、新事業を行う「メディアカンパニー」との2つの大きな事業体制で動いている。そのため、大きくは『イナミツ印刷』という会社の仲間ではあるが、それぞれの事業で売上の成績を競う良い関係が構築されつつある。

 印刷カンパニーの代表を務めているのが、今年1月に取締役に昇進した栗本剛氏で、入社してから25年を超える。そのため、顧客企業のことも、印刷のこともよく知っており、何より「印刷が好き」な人材。一方、稲満社長はメディアカンパニーの代表を務め、マンガ動画をはじめ新しいサービスの提供で、新市場開拓に挑んでいる。

 コロナで顧客企業も意識が変わってきている。「新しい市場を開拓するチャンスでもあり、変えていくチャンスでもある」と展望している。

 「aGaru SYSTEM」については、要望のある企業には販売するだけでなく、導入サポートも行う(担当:栗本氏)。現在、東京都墨田区の株式会社小林断截へ、事業連携しながら導入を進めている。

株式会社イナミツ印刷 東京都品川区東品川1-17-2

https://www.inamitsu.co.jp

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