【インタビュー】お客様との価値共創を目指す~印刷業のデジタル変革を加速、リコー コーポレート上席執行役員 宮尾康士氏
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長らく労働集約型の業態だった印刷業は、業務へのICTの取り込みや自働化装置の導入などにより変わろうとしている。一方でクライアントの業種やニーズが複雑化しており、受注形態から生産環境まで求められるワークフローは多様化している。リコーはプロダクションプリンターの提供に限らず、ユーザー個別のデジタル変革(DX)をサポートすべく包括的なソリューションを揃えている。株式会社リコー コーポレート上席執行役員 リコーグラフィックコミュニケーションズ(RGC)ビジネスユニット プレジデントの宮尾康士氏に話を伺った。
―― 商用印刷市場の現状について
商用印刷市場ではデジタル化がますます進展しています。デジタル印刷については商用印刷市場の中で、比較的ショートランでの活用が進んできましたが、drupa2024以降、高速インクジェット機への関心が高まり、ミドルレンジの領域でもオフセット印刷からデジタル印刷に置き換えようとするチャレンジが起き始めています。アーリーアダプターが開いてきた市場のフェーズが、drupa2024を境に一段階上がったといえるでしょう。これから商用印刷市場のど真ん中に高速インクジェット機が広がっていくと見ています。
B2サイズの枚葉インクジェット機と、連帳インクジェット機の新製品を出展したdrupa2024では、来場された方から設備投資をしていこうという強い意思を感じました。お客様のビジネスと高速インクジェット機の性能がマッチングすれば、経済合理性の面で利益率の高いビジネスモデルを構築することができるという認識が浸透してきたのだと思います。
例えば、わかりやすい例ではバリアブル印刷です。教育分野向けの教材では塾の教室や科目、さらには個人単位で、内容をカスタマイズするニーズが高まっています。そうしたニーズを取り込むことで付加価値が上がり、利益率もアップしていきます。加えてデジタル印刷であれば発送先ごと、発送順に出力できる特性もあるので、フルフィルメントの領域でもコストを下げて利益率を上げていくことができます。
―― 地域ごとのデジタル印刷の進展について
欧米が先行しており、次いで韓国、中国、台湾が伸びています。日本はオフセット印刷の小ロット適性が高く、それらの国々に比べて多少遅れている印象で、デジタル印刷に適したビジネスモデルの開発にも課題があると感じます。人が動く営業活動では非効率な200部、300部の小口受注を多く集める仕組みづくりや、小ロットに対応した印刷後の加工、出荷の体制構築など、社内のプロセス改革、カルチャー改革、IT改革にも関わるので、悩まれている経営者が少なくありません。リコーとしてはデジタルサービスを通して、そうした課題解決を支援していきたいと考えています。
―― RGCの強み、ポジションについて
商品構成ではローエンドからミドルレンジ、ハイエンドをカバーしており、ミドルレンジ、ハイエンドでは世界トップシェアを獲得しています。特定の分野での商品力は世界最高レベルにあり、インクジェットの分野ではヘッドやインクの技術を持っています。要素開発から取り組める技術の分厚いバックボーンが強みの一つです。
もう一つの強みがグローバルで販売網があり、お客様との距離を近づける努力をする組織文化を大切にしているという点です。市場のニーズに沿ったイノベーションを提供できますし、ニーズが把握しやすい分、個々のお客様に最適なワークフローを提案する能力が高いと思います。トナーからインク、ヘッド、画像エンジンまでの自社開発の体制は、吸い上げたニーズをフィードバックしやすく、お客様の事業の成功に素早く貢献できます。
本社にはGES(グローバル・エンジニアリング・サポート)という部門があり、製品開発、設計部門と連携し、既存の製品やサービスで合わないニーズに対して、製品のカスタマイズで対応しています。GESのスタッフは国内外を問わずに活動しています。
―― 顧客との価値共創とデジタルサービスについて
価値共創はRGCのメインの活動としてフォーカスしています。『Co-innovation』はお客様、パートナー、リコーが一緒になって戦略や戦術を共有し、業態変革を図りながら成長できる方法を考え、実現していく取り組みで、国内外で展開しています。
例えば、ドイツのSattler社は連帳インクジェット機の『RICOH Pro VC70000』に加えて最新の『RICOH Pro VC80000』を増設しました。マシン自体のスピードもさることながら、後加工機と接続したカタログやダイレクトメールなどのインライン生産と、ロール紙の自動交換により、生産性を現在稼働している『RICOH Pro VC70000』と比較して45%も向上させました。
また、イギリスのGreen Gift Card社ではプロダクションプリンターの『RICOH Pro C9500』をカスタマイズして超厚紙印刷を実現しました。標準機では通らない厚紙を印刷することで、クライアントに対してギフトカード素材のプラスチックから、再生可能な紙への切り換えを提案しています。
『Co-innovation』は当社が提供するデジタルサービスとも密接に関係してきます。デジタルサービスにはレイヤーが二つあって、一つが生産ワークフローの効率化です。ハードウェア、ソフトウェアを含めて最適なプロセスをもとに構築していく活動です。もう一つが社内のプロセス改革です。RGCとしては印刷の生産周辺についてこれまでもデジタル改革をご提案してきましたが、例えば小ロットのジョブを効率よく受注し、その後の工程にスムーズに流していけるかというお客様の社内プロセスの改革へのお役立ちはICTを含めたご提案が必要になります。今後お客様のニーズは高まっていくと認識しており、新しいビジネス領域になると期待しています。
―― 環境対策の取り組みについて
リコーは1976年には環境推進室を立ち上げて、早い時期から環境対策に取り組み始めました。1998年に環境保全と利益創出の同時実現という“環境経営”のコンセプトを提唱し、2003年には日本企業で初めてCSR室を設置しました。2015年にCOP21のオフィシャルパートナーとなり、国際的な温室効果ガス排出削減の枠組みに賛同し、2017年に事業活動で使用する電力を、100%再生可能エネルギーにするRE100への参加を日本企業で初めて表明しました。2020年には、2030年の自社排出の温室効果ガス削減目標を改定し、SBTイニシアチブが定める基準「1.5°C目標」の認定を取得しました。
リコーグループ全体では2050年までに地球温暖化ガスの排出量をネットゼロにする目標を掲げ、あるべき姿からバックキャスティングで現在の目標を設定しています。
その目標の中で商用印刷の分野では、プロダクションプリンターの生産で再生可能エネルギーを導入するとともに、再生材として電炉鋼板を利用した新規資源投入の削減など環境負荷低減に貢献しています。プロダクションプリンター自体も省エネルギーや損紙の削減、環境汚染物質の削減という環境性能を高めています。
お客様の現場での貢献では、オフセット印刷とデジタル印刷のCO2量比較ツールを提案しています。リコーの試算ではオフセット印刷と比較すると、稼動時における二酸化炭素排出量がRICOH Pro Cシリーズで3分の1以下*1、RICOH Pro VCシリーズで4分の1以下*2にまで減ることが分かっています。
*1 試算条件:A4両面チラシ3,000枚を印刷した場合
*2 試算条件:120p×100冊を印刷した場合
こうした活動の成果として、drupa 2024では、リコーのプロダクションプリントにおける持続可能性が評価され、Keypoint Intelligence社から「Buyers Lab 2024-2025 Pacesetter Award in Production」を受賞しました。
最近、ESG(環境・社会・ガバナンス)と言われますが、企業統治が環境と社会に紐づけられて評価される時代です。ESGにしっかりと向き合っている企業を応援する流れができ、企業としての責任あるふるまいが、社会やお客様から信頼されるキーポイントになっています。クライアントも多少コストが高くても販促物の印刷に環境負荷が少ない方式を選び始めています。オーストラリアのお客様はクライアントのリクエストから、わざわざタスマニアのCO2フリー発電のエネルギーを購入して機械を動かしています。
もちろんビジネスとしても環境対策は欠かせませんが、根本は子供の世代、孫の世代にきちんとした社会を渡すというサスティナビリティです。社員がそうしたことを真面目に考えているのがリコーという会社だと思います。
―― 中期経営計画の進捗と今後の市場の展望について
2年前に掲げたRGCとしての売上目標は前倒しで達成しました。今後も商用印刷の領域と、インクジェットヘッドをメインとした産業印刷の領域、共に伸びると見ており、次期の中期経営計画でもこのペースでの成長を目指したいと考えています。
そのメインになるのが、先進国を主体とした高速インクジェット機による“オフセットtoデジタル”の加速です。次いで私たちの収益基盤であるトナーベースのプロダクションプリンターで、欧米ではまだ伸びると見ており、継続して強化していきます。そして、次の3年で非常に重要になるのが、新興国の市場です。
製品戦略として見ているのは産業印刷領域のパッケージやラベル市場です。この分野にインクジェットヘッド、インクジェットヘッド+モジュールを提供していけると考えています。次の段階として、ヘッドやモジュールの提供先と競合しない領域に絞って、パッケージやラベルの印刷システムの開発を見据えています。将来的にはペーパーレス化の影響がないテキスタイルや、プラスチックのような硬質素材などの印刷アプリケーションの領域もターゲットにしていきたいと思います。
―― 自働化について
自働化のニーズはますます高まると見ています。AIを活用した操作に関わる時間の削減や、濃度変化をフィードバックした連続印刷時の画質の安定など、リコーの内部で取り組む部分が一つ。もう一つがサードベンダーと組んで、印刷周辺のワークフローや後加工など各プロセスと連携した自働化です。自働化といってもシステムだけを提供するのは非現実的です。お客様は個々にワークフローをお持ちなので、各プロセスで利用されているデバイスと連携しながら最適化を図る必要があります。そのためにはお客様やパートナーと密に話をしていくことになります。
AIの活用について考えられるのは手作業の削減と品質管理、予防保全ですが、設備投資に対する意思決定に対してサポートできないかと考えています。機械の台数、人員の配置、印刷アプリケーションなどのデータに基づき、ROIが最大化するための施策をアドバイスするような方向です。
―― 「“はたらく”に歓びを」について
印刷会社の経営者の方の多くが、社員に働き甲斐を持ってもらいたいという想いをお持ちです。マシンの横にずっと立っていたり、インクと油まみれで作業したりというネガティブな印象を減らしたいという経営者の方の想いは、万国共通しています。その上で、ロジスティックやデザインクリエイティブ、マーケティングの分野に領域を広げて付加価値を高めていく方向を指向しています。その取り組みは各社各様で、『Co-innovation』の考え方と割と合っていると思います。
まずは働く人たちがストレスを感じない、軽減できるようネガティブな要素を解消していくことがリコーとしての役割だと思います。ストレスがかかる単純作業から、よりクリエイティブな業務に集中できるようデジタル機器やAI、ICTを使ってサポートすることで、より付加価値の高い分野にリソースをシフトすることができます。印刷業の方々が収益性の高い方向に進めるようにお手伝いするというのがRGCのビジネスのベースと考えています。